海のフォアグラ、冬に肥える
その武骨な姿のなかに、「捨てるところがない」とまで言われるほどの美味を秘めたアンコウ。力士の体型を表す「あんこ形」は、アンコウのように丸く肥えた体型から来たものだという話もあります。
東の横綱も今や全国区に
木枯らしが吹く11月には、アンコウの身もむっくりと肥えてきます。一番おいしいとされるのは産卵期直前の1月・2月ですが、春の訪れも近い3月頃まで十分に楽しめます。北は北海道から南は九州まで、日本海側・太平洋側どちらも広い範囲で水揚げされていますが、そのおいしさが全国に広まったのは比較的最近。しかし今では「東のアンコウ、西のフグ」と呼ばれ珍重される美味の魚となりました。 「今日のアンコウは石巻港に揚がったもの。漁獲量では山口の下関や青森の八戸には負けるけど、アンコウは何より鮮度が大事だからね。朝に水揚げされたものが昼にはこの板場に届く石巻産のアンコウが、自分にとっては最高の素材だよ」。 板長の髙橋さんがそう言ってアンコウの肝を捌いていきます。
手間を惜しまず、調味はごくシンプルに
アンコウの「七つ道具」と呼ばれる身、皮、水袋(胃)、キモ(肝臓)、ヌノ(卵巣)、えら、トモ(ヒレ)の中でも、特に貴重かつおいしいのがキモ。表面を覆う皮を剥き、細かい血管を取り除いて血抜きし、酒と塩で洗います。水切りしたのちに蒸し上げるのですが、髙橋さんは味付けのための調味料を一切使いません。先ほどの酒と塩のみ。 「これだけ鮮度が良ければ、さっきの酒と塩で十分」。 そう言い切った意味が、実際の味わいにあきらかです。
鮮度の良さが味わいに映る
もみじおろしとアサツキを飾った軍艦は、ぷるんと柔らかな弾力がやがて口中の温度で溶け、酢飯をクリーミーなソースのように覆います。生臭さなど、微塵もなし。濃厚でくちどけよく、かつ口に残らない後味の良さは酢飯とのバランスの良さもあってのこと。ぱりっと風味のいい有明海苔のおいしさも上々の脇役です。
酒肴としてもあん肝は大人気。ワサビと醤油できりっと味わうも良し、もみじおろしとぽん酢でさっぱり楽しむもよし。髙橋さんがこっそり教えてくれました。 「バターでさっとソテーして醤油を垂らすと、フォアグラにも負けない逸品になるよ」。 酒杯を持つ手にぐぐっと力が入る、禁断の味へのいざないです。
うまい鮨勘 総本店
髙橋勇吾 店長
石巻市出身。16歳で板前を志し、以来、職人一筋40年。何事も“いい塩梅”を心掛け、その魚本来が持つおいしさを十分に引き出すことを常としている。朗らかな人柄、確かな腕はカウンター席にたくさんの常連を生み、「勇吾店長が握る寿司が食べたい!」という声も多い。